2025年11月16日日曜日

三浦論再着手、疲労か? など

 

遍 歴

三浦論再着手、疲労か?

2025年8月10日(日)大雨

夏季休暇1日目/全8

7時起床するも、断続的に寝てしまう。午前中は高橋和巳『黄昏の橋』読む。文字が小さくて辛い。

先日、相方に伊勢原の鐙堂という古書店を教えてもらい一緒に行った。偶々『高橋和巳作品集』全10巻が目に止まった。値段がなかったので聞くと5,500円だった。かつて、あらかた読んだが、今特に引っかかっている訳では無いが、気になった。その後、ブックオフに行くも、ずっと気になっていた。気になるということはなんか意味があるのだろうと思い、買うことにした。早速店に戻ると、店主が5,000円でいいという。負けてくれた。ありがたい。ついでに持ち帰り用の厚手のビニル袋もくれた。ありがたい。というわけで、作品集には入っていない未完の『黄昏の橋』を、偶々持っていた文庫で読み始めた。以前読んでいた和巳の作品からすると展開が遅いような気がする。あと、しつこいが文字の小ささが気になる。でかい虫眼鏡が必要か? 

 今、悩んでいるのは『高橋和巳全集』全20巻を佐藤書房で9,000円で売っているということだ。俺はどうすればいいのだ? 

 昼、昨日の残りの揚げドーナツハムパン、焼きそば食う。相方は眠り続ける。3時頃起きる。

 洗濯、掃除機かける。汗だく。

 夕方、おやつにラーメン入りお好み焼き、失敗する(フライパンがもう駄目か?)も、食う。美味い。

 相方と文フリを仕切り直したので、三浦論再着手。単行本未収作品、国会図書館調査。飽きたので、印刷済み分の校正する。字が小さくて辛い。到底終わる気がしない。

 夜、昨日の残りとソーメン。

 昨日は、夏期講習前半終了記念で相方が中華デリバリーを頼んでくれた。ありがとう。魯肉飯、あんかけ焼きそば、よだれ鶏、サラダ。どれも旨かった。量が多くて残す。疲れているのか長い時間テレビを見られない。困った。気がつくと意識を失っている。

 『べらぼう』も『怪獣八号』も見ずに、頭がくらくらするので寝てしまう。

1日中ずっと大雨。

 

遍 歴

『鬼滅』観に行く

2025年8月11日(月)雨、昼過ぎ小雨に。

夏季休暇2日目/全8

8時起床。燃えるゴミ出す。

三浦単行本未収作品調査続行。まだ、全58ページ中の11ページ(笑)。途中でワードからExcelに変える。 

昼頃インチキ・チキン醤油ラーメン作って食べる。昼過ぎ、相方と映画を観るために海老名に向かう。ブラブラする。

春樹さんの「夏帆」改稿版が『文芸ブルータス』なる新雑誌に掲載。三省堂で迷うがいったん買わず。と思ったが、ウロウロしている間に買うことにした。未来堂書店で買う。

イオンの前のロッテリアでハンバーガーとか食う。

先日電気ポットが破壊されたので、イオンで薬缶買う。ズボン買おうと思ったが高くて一旦パス。 

ララポートに行き無印でお菓子的なものを買う。4階まで登ってがちゃぽんを見るが、気の迷いから能登半島支援の生き物があって買ったら、フィギュアではなくて、アクリル・キーホルダーだった(泣)。急いでいたので、判断を誤った。

またイオンに戻って、イオン・シネマに。もう入場者が並んでいたのでビビる。

正直、進撃の民としては、全く申し訳ないが(つまり、進撃の映画を見に行けなかった(泣))、『鬼滅の刃 無限城編 第一部』観る。

※以下ネタバレあり。

下馬評の悪口の割には、ちゃんとしていた。というか、無限城の内部構造と、そこでの戦闘シーンはやはり、映画ならではものだと思った。悪口を言う輩はこの世界観がそもそも受け入れらないのだろう。

今まで登場していなかった産屋敷の跡継ぎの息子と娘たちの存在が涙をそそる。あんな地図描いて役に立つのか、そもそも、彼等の司令はちゃんと鬼殺隊に届いているのか、甚だ疑問ではあるが、捜査本部(あるいは新幹線の指令本部?)のようでワクワクした。

また、今まで、一種のマザコンだった愈史郎が自立して頑張っている姿もよかった。

全体としてはやはり3時間弱(155分)の上映時間は長過ぎる。2時間弱に圧縮できたはずだ。映画会社側の好意であろうが、映画作品としての完成度を優先して欲しいところだ。

戦いの自発的発見ということでは、個人的には、最終選別前の岩を切るエピソードに勝るものはないと考えているし、戦いそのものの緊迫度という点では遊郭編に軍配が上がる。要は、これから後が無い、というぐらいに全力で戦い切ったのはあの戦いであったろうからだ。炭治郎たちは、その後3カ月も意識が戻らないというぐらいに戦い抜いた。それに勝るのはなかなか困難である。遊郭編の妓夫太郎と堕姫の前世譚で貧しさこそが人を鬼にするという基本方針が本作品でも貫徹されているが、いささか過剰かと思う。人を鬼にするのが貧乏であるとすれば、鬼を人に戻すのは、人の愛情である、というオチらしきものも過剰のように思われる。むしろ、あの段階で猗窩座が自滅したのは納得できない。ご都合主義というべきだろう。

その意味では、善逸の兄弟子との勝利もご都合主義と言われても仕方がないだろう。そもそも、兄弟子は今の今まで一体何をしていたのか? 

 

遍 歴

自転車直す

2025年8月12日(火)曇り。

夏季休暇3日目/全8

 

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