2022年1月21日金曜日

UN再入院! /「偶然性の倫理学」を書き始める

 

UN再入院!

/「偶然性の倫理学」を書き始める


2022年1月21日(金曜日) 晴れ🌤 寒い

その後の状況だが、USGのUNが今週の月曜日から食事を受付なくなり、火曜の夜、いよいよこれはヤバイと思い、病院(K**市のMKにある。うちから1時間弱かかる)に搬送し、そのまま入院となってしまった。予断は許さないが、とにかく頑張るしかない。明日、再手術で膿を取ってもらう予定。

 

一昨日(水曜日)は結局、病院に三回行くことになり、2回目と3回目の間に一旦帰宅しようと思ったが、なんとなく近くのBOに行く気になり、帰りそびれた( ノД`)。

NB線滅茶混み(´;ω;`)。MNの街は一歩路地に入ると真っ暗。

201

堀江敏幸

『その姿の消し方』

2016年1月30日

新潮社

2022年1月19日


 ¥220

長篇小説

202

ニコライ・ゴーゴリ

『隊長ブーリバ』

2000年12月5日

潮出版社

原久一郎訳

2022年1月19日

 ¥220

長篇小説

 

203

江藤淳

『南洲残影』

1998年3月10日

文藝春秋

2022年1月19日

 ¥220

評伝

 

204

蓮實重彦

『随想』

2010年8月30日

新潮社

2022年1月19日

 ¥220

エッセイ集

 

205

シェイクスピア

『シェイクスピア全集1 ハムレット』

1996年1月24日

ちくま文庫

松岡和子訳

2022年1月19日

 ¥110

戯曲

 

206

マーク・ストランド

『犬の人生』

2008年9月10日

村上春樹翻訳ライブラリー(中央公論新社)

村上春樹訳

2022年1月19日

 ¥110

短篇小説集

 

207

木田元

『なにもかも小林秀雄に教わった』

2008年10月20日

文春新書

2022年1月19日

 ¥110

長篇エッセイ

 

208

伊籐邦武

『物語 哲学の歴史』

2012年10月25日

中公新書

2022年1月19日

 ¥110

入門書

 

209

堀田善衞

『路上の人』

1985年4月20日

純文学書下ろし特別作品(新潮社)

2022年1月19日

 ¥220

長篇小説

 


 


























まーまーの収穫だった。

今日も夜、再度病院に見舞いに行く。良くなることを信じて自らのなすことをなすしかない。

 

偶々、この間、亀山さんの『『罪と罰』ノート』の「偶然」という指摘に、なるほどと思い、そのことについて、「偶然性の倫理学」の1回目を書き出した。自分で考えずに、あまり勉強しても仕方ないが、同時に九鬼周造の『偶然性の問題』 [九鬼, 1935年]を読み始める。




小浜善信さんの過剰なほどの(失礼! ま、しかしながら、これぐらい噛み砕かないと初学者には手が出ないとも言えるが)注解と解説から読み始めたので、何となく理解できた気がする。気がするだけだが。

本とはドストエフスキーの作品をもう一度最初から読み直そうと思っていたのだが、なにしろ、昔の文庫はマイクロフィルムか! というぐらい字が小さ過ぎて、読み通すのに難渋する。困ったものだ。どうすりゃいいのか。

🐤

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2022年1月9日日曜日

或る土曜日の出来事

 

遍 歴

或る土曜日の出来事

――UN手術→AK日本大食い選手権出場→スタヴローギンの世界の果てまで行ってQ→わが友ラスコーリニコフ→あれでいいのか?新日vs.ノア

 




2022年1月9日(日曜日) 晴れ☀ 暖かい気がする

 

 1 UN手術

さて、それからどうしたかというと、首都圏に大雪が降りましたね。

それはともかく、昨日1月8日、UNの通院の日で、お蔭様でここまでなんとか持ちました。結局膿瘍の膿を排出するということで、二か所切って出す手術をしてもらいました。朝10時に連れて行って、夕方5時過ぎに連れて帰りました。前回の術式と同じで排膿できるように穴を開けたままにしているので、人間のように包帯でぐるぐる巻きにするわけではなくて、そのままです。前の病院ではネッカーを付けて、患部に綿を詰めて一日二回消毒をしなければならず、それが家庭では不可能で(USG袋に詰めるまでが大変で、詰めた後も脱走してしまう)、仕方なく、半日入院とか、毎日通院とかをしていましたが、今回即退院(前回は10日間も入院しました)、ネッカーなし、消毒も無し、抗生剤で乗り切るという方針のようだ。前の病院では合ってるかどうかも分からない抗生剤を投与し続けてきたが、今回は効いている気がする(まだ分からないが)。

という訳で、顔面を銃撃された人、みたいになって、とても写真はお見せできないが、帰宅後、5分ぐらいで水がぶ飲み、ペレットももそもそ食べ始めた。おやつの乾燥パパイヤや乾燥バナナなんかも頑張って食べた。

ま、なんとか頑張って欲しいものだ。 

 

2 AK日本大食い選手権出場

 

で、昨日、UNを病院に預けた帰り、じゃあ、飯でも食うか(普段はUSG連れだと飲食店などに入れない)ということになり、病院のあるM**K**の街(いい街だ)を彷徨ったものの、どこも混んでいた。土曜日の午後だから当たり前か。ラーメン屋とか某ハンバーガーショップなどは店外に行列ができている始末だ。個人的な見解になるが、行列に並んでまで、ご飯を食べる気持ちがわたしには理解できない。

ま、それはよしとして、結局坐れそうな某牛丼チェインのY**家に入った。と言っても牛丼を食べる訳ではないが。わたしはカレーライスの唐揚げ乗せ、AKは牛チゲ鍋定食(ご飯大盛り)、のようなものを頼んだ。2階があってそこは空いていた。

カレーは、以前と味が変わっていてわたしの口には合わなかったが、唐揚げは美味しかった。AKのチゲ鍋もAKには口に合わなかったようで、しかしながら、大盛りのご飯が半分以上が残っていたので、突如、AKは「よしッ!」と決然たる決意の言葉ととともに、唐揚げ一個と豚汁を追加で買って来て、完食しました。めでたし、めでたし。

 

3 スタヴローギンの世界の果てまで行ってQ

それはともかく、ドストエフスキーだ。『悪霊』のスタヴローギンが「告白」の中で世界中を旅する話がほんの少し出てくる。ここの下りは大変想像力を掻き立てられる。全く以て文脈が逸脱するし状況が全く正反対だが、何となく、映画007シリーズの『ロシアより愛をこめて』の主題歌の歌詞を想起した。まあ何となくだ。歌唱は本家マット・モンローよりも尾崎紀世彦の方が、大人の達観というか虚無感がよく出ている気がする。

 

From Russia with love, I fly to you

Much wiser since my goodbye to you

I’ve travelled the world to learn

I must return

From Russia with love

I’ve seen places, faces

And smile for a moment

But, oh, you haunted me so

Still, my tongue tied young bride

Would not let my love for you show

In case you’d say “No”

To Russia I flew but there and then

I suddenly knew you’d care again

My running around is through

I’d fly to you

From Russia with love

 

4 わが友ラスコーリニコフ

『罪と罰』を巡って、江川卓の『謎とき『罪と罰』』を読了、次いで亀山郁夫の『『罪と罰』ノート』を読んでいる。とりわけ、江川の著作は従来の、過度に文学的、哲学的な読解、つまりは深刻過ぎる読み方への批判として存在していて、それはそれで大変な意味があると思う。亀山のものは途中まではいささか作品そのものの余りにも遠い外堀を埋めているよう気がして、あまり集中できなかったが、ラスコーリニコフの犯行が偶然に左右されているとの下りを読んで、我が意を得たりと膝を打った。これはとても重要な点だ。

ただ、ラスコーリニコフの、或る意味では青春性とでも言うのか、犯行も、恋愛(ソーニャとの関係が恋愛だとして。とても恋愛だと言えぬとは思うが)も、いずれも気付いた時にはやってしまっていた、という、そういう感覚、そういうスピード感のようなもの、つまり周囲の人はもとより、本人にも、その言動の理由が分からない、自分が自分であることの根拠が分からない、という点こそが『罪と罰』の魅力であって、今なお若い読者に恵まれているのもその辺りに理由があるような気がする。

そこで、想起したのが、これまた、文脈を逸脱することになるが、テレ‐ヴィジョン放送用の連続アニメイション作品『呪術廻戦』の2クール目のオウプニング・テーマソング、Who-ya Extendedによる「VIVID VICE」である。



  その歌詞を聴いて(とてもではないが、歌詞カードなしにそれを正確に聞き取ることは困難だ)、何となくラスコーリニコフのすれすれの生き方がダブってきて、思わず泣けてきた。

 

歪な終焉に向かって 溢れる

命の表面張力が 張り詰めた 張り裂けた

(中略)

千切れそうな綱の上 ただ揺らさぬように潜めるか

一か八か 駆け抜けるか 選択肢なんて 罠に見える

踏み出せ その歩を

 

もう戻らない

金輪際 後悔はしない 現実を変えてみせる

真実がたとえ残酷でも

(以下略)

 

まー、そういう聞き方もこちらの全くの気のせいなのだが。

恐らく、初期の『罪と罰』受容というのも(全く読んでないから分からないが)、こうした青春(死語ですが)という、訳の分からない現象に竿を刺したものではなかったのか、とも思った。

「われらが同時代人ドストエフスキー」とはよく言われることのようだが、むしろ「わが友ラスコーリニコフ」とか、あるいは「ラスコーリニコフはわたしだ」と思い込む読者が今でも少なからずいるはずだ、と思える。

ちなみにWho-ya Extendedの「VIVID VICE」のアコースティック・ギターヴァージョンがあって、こちらの方も、とても心に沁みる。沁み渡る(´;ω;`)ウゥゥ。

 

5 あれでいいのか?新日vs.ノア

1月8日に行われた新日本プロレスリングとプロレスリング・ノアの対抗戦は、何故、以前の新日vs.UWFインターナショナルのような入念な煽りと個人の対抗戦、タイトルマッチのような形を取らなかったのだろうか。それをやるとノアが潰れてしまうということなのか。つーか、もうプロレスは大相撲とかのように、全団体の共同開催にして、各団体が部屋のようになるわけにはいかないのか。金の問題とかあって難しいのだろうか。

 

以上のような次第で、何も進まない( ノД`)シクシク…

 

🐤

 

2022/1/9  14:20

2022年1月1日土曜日

2022 謹賀新年 ――失業→執筆活動の失敗→就職活動の失敗→兎の病気と奇跡的生還→『ドストエフスキー殺し』

 2022 謹賀新年

 

――失業→執筆活動の失敗→就職活動の失敗→兎の病気と奇跡的生還→『ドストエフスキー殺し』

 


 

 

2022年1月1日(土曜日) 晴れ☀ 大寒波らしい……

 

 

 

新年明けまして御目出とう御座います。

 

旧年中は誠にお世話になりました。

 

本年も宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 さて、昨年はわが人生の中でも類稀なる波乱万丈の一年でありました。波乱万丈というか、自分の本来的な方針から相当逸脱したことが機縁となって、玉突き的に様々なことが生じました。

 あまり詳しく書くことはできませんが、昨年4月に長年勤めた会社を突然辞めました。8月まではぶらぶらしながら、評論の執筆に専念。結局3本(「労働」論、「悪」論、「三浦雅士」論)書き上げ、公募に出しましたが、結果は今のところ、1本目落選、2・3本目は結果不明。自らの勉強不足を痛感しました。

9月に入り就職活動を始めたものの、全く以て鳴かず飛ばずの有様。以前の業界ではほぼ再就職は叶わぬ状況だということが強く認識されました。

 同時に2本ほど短篇小説のようなものをでっち上げ、公募に出しましたが、方法論的に疑問が残るものでした。その後、続きを細々と書き続けましたが、状況は変わらないままで、いささかならず煮詰まってしまいました。

 また、それらと同時にうちの兎のUNが歯根膿瘍を連鎖的に発症し、9月半ばに手術をし、ほぼ毎日消毒等の為に通院するものの全く完治せず、12月半ばに体調が急変し、緊急搬送し、病院も変えました。左半分の顔の骨が溶けているとのことで、残念ですが、これはもう一旦覚悟を決めました。しかし、手術をして歯根を取り除くことになり、退院したものの、呼吸は荒くなり、酸素ボンベを取りに行ったりし、千葉の病院まで搬送され、手術当日に病院に行ったところ、その病院の偉い先生(その病院グループの理事長でした)が出てきて、手術をするのは簡単だけど、まだその前に抗生剤で感染症のコントロールをしてからでも遅くない。手術したら食事が困難になる、といわれ、そのまま、退院して自宅に連れ帰った次第です。恐らく今まで薬が合ってなかったのか、翌日ぐらいには呼吸も落ち着いてきて、食事も何とか普段の半分以上は食べられるようになったのです。今は投薬と食事の管理をしっかりして、なんとか普通に年を越しました。いささか驚異の体験でした。

 それはともかく、この4か月間、ずっと、この兎の通院やら看病やらに付き添ってきましたが、それが可能だったのも、たまたまわたしが失業していて、基本自由だったからです。これが昨年までだったら、休みの日も出勤するぐらいでしたから、当然こんな対応はできず、元の病院に手術の後、ずっと入院させっ放しで、どこかのタイミングで天に召されていたのではなかろうかと思うと背筋が寒くなります。

 痛恨だったのはもっと早く、少なくとも一ヶ月でも早く決断をして病院を変えておけばこうはならなかったかも知れないということですが、およそ決めたことは最後までやり切ろうというのがわたしの基本方針ですから、遅きに失したとは言え、病院を変えたのはわたしにとっては相当なポリシーの転換です。全く不思議としか言いようがありません。

 もちろん、兎本人としては完治しているわけではないので、予断を許さないのですが、少なくとも今日、明日にお別れの時が来ることはなさそうなので、一日でも長くこの地上での生を満喫してもらいたいと思います。

 さて、そんなこともありつつ、12月に入って、ドストエフスキーを再読する機会に恵まれ、では、そのドストエフスキー、あるいはその作品群にまつわる様々な謎を評論の形ではなく、小説にしてみたら、それもミステリー小説の結構を借りてみたらどうだろう、と思い、大体ミステリー小説など、小学生時代に『少年探偵』シリーズやホームズ、ルパンなどを読んだ切りで、何も分かっていないのですが、その準備に現在入っているところです。題して『ドストエフスキー殺し』です。

 残された時間が余りないので、しっかり集中して頑張りたいと思います。

 このようなことが可能になったのも、全てAKの助力に依るものです。感謝の念に堪えません。ありがとうAK。これからもよろしく。

🐤

 

2022/1/1  18:47

 

鳥の事務所